十六日目 フィレンツェ④

※今回は文字ばかりです。

 

十六日目 この日は朝の9時からアッカデミアで卒業される日本人の方の卒業発表の見学に行った。

昨日の夜のワインはしっかりと次の日に響いていて、めちゃくちゃ体がだるい二日酔い状態だった

9時前には着いて、受付で教室名を言ってどこにあるか聞くが、いまいち聞き取れずうろうろしてると日本人っぽい人がいたので尋ねると、その方も同じ卒業発表に行くということで着いていった。

日本の芸大では、卒業制作を作って終わりなのだが、こちらでは先生数人の前で卒業制作についてプレゼンをして質疑応答したり、さらに卒業論文も提出しなければらないようだ。

教室に着くと、今日ここで卒業発表する二人分の作品が展示されていた。特に、先に発表するイタリア人はなんだかとっても奇抜なドレスを着て、キラキラのデコシールをあっちこっちに貼った作品を展示していた。

日本人の方の卒業発表にはアッカデミアに通う日本人女性3人が駆けつけていて(教室に案内してくれた人もアッカデミア生)、その方たちともいろいろとお話をさせてもらった。

9時はとっくに過ぎたのだが、発表者は準備やらなんやらでバタバタしている上に、先生は一向に現れない。(奇抜なドレスを着てる子はお父さんが付きっきりで展示の準備をしていて、色とりどりの風船をお父さんが頑張って膨らませていたのがなんだかおもしろかった。)

1時間ぐらい過ぎたらちらほら先生らしき人が現れて、卒業発表がゆっくりと始まった。

審査だからまじめな雰囲気だろうと思っていたら、結構ラフな感じで先生たちはおのおのうろうろして展示を見て、パラパラっと論文を見て、ちょこっと話して、その場で点数計算が行われるということで、先生達以外はその教室を締め出された。

しばらく廊下でみんなで待っていると、終わったよ~ということで中に入り、その場で点数と卒業できるかどうかが言い渡された。一人めの奇抜なドレスの子は満点で、卒業を言い渡されて喜びながらどこかへお父さんと消えていった。

(簡単そうにみえるが卒業することは難しく、日本人の方も本来2年のコースを5年目にして今日に至るらしく、卒業せずに辞めていく学生も多いらしいので、これは大変貴重な機会だった。あまり面識もないのに本当に呼んでくださってありがとうございました…)

二人目は、日本人の知り合いの方で、映像作品だった。しっかりと教室の中に小さな小屋を作り、その中で三画面投影して上映されていた。(この準備もとても大変そうだった)

こちらもラフな感じで、先生は小屋を覗いて雑談し、結構早めに点数計算へ。

またしばらく廊下で待ち、結果発表では、ほぼ満点の点数で卒業をされた!

皆でおめでとうございます~と喜び、シャンパンを開けようということになって中庭でわいわい。他にも卒業した人が中庭に集まっていて、とてもめでたい空気だった。

こちらでは卒業の時に月桂樹の葉っぱで作った冠を被ることになっていて、卒業者はみんな自前で用意した月桂冠を被っていた。

その葉っぱを一つもぎると、次その人が無事に卒業できる、というおまじないがあるようで、私も一つもぎらせてもらった。

そのあとお昼ごはんを食べに行かないか、と誘ってもらい、一緒に近くの中華料理屋さんへ。なんだか何日かぶりの豪勢な食事をしながら、アッカデミアの話などを聞いたら

単科コースは聞いたことがない。単位を取得しないスクオーラリベラヌードという毎週ひたすらヌードデッサンをするコースなら知ってるけど…ということだった。

こっちの事務局はいい加減で、筑波大から交換留学で来た子たちも、事務局に「そんなん聞いてないわよ、なにそれ?」と言われて困っていたそう。

もし、授業自由選択性の単位コースが本当にあるなら前例がないから、しっかり問い合わせて事務局に通いつめてアピールしないと存在を忘れられるよ、と教えてもらった。

さらに、フィレンツェのアッカデミアには古典技法に詳しい先生はいないよ~と一刀両断されてしまった。

どうもイタリア中で古典技法を現代の絵画に応用する風潮が少なく、そういった古い絵画に関することはすべてレスタウロ(絵画修復)の分野に丸投げされているらしい。

全体的に絵画はコンテンポラリーの波に乗っていて、古い絵画から新しい絵画を、なんて考え方は全く無い様だった。

国立大学で学べないので、私立の観光客のバケーション用のテンペラやフレスコに関するスクールにイタリア人が通っている状態だと。

これを聞いた時はとてもショックだった…フィレンツェには豊かな歴史が残されているのに、それを保存し、修復する。ということだけで切り離されているのか。なぜ次の時代のためにその歴史の延長線上として応用しないのか。

新しいアートなんてものは今までに一切なかったものだと思われているかもしれないが、全く新しいものなんてあり得ないとおもう。

古いものや現代の時代性をミックスさせて化学反応を起こした複雑な応用が新しいものとして理解されていることが多いのに…

そんな、ショックを受けながらも和やかに食事が終わった。お金をもちろん出そうとしたのだが、卒業した方のお母さまがご飯代を奢ってくださってなんだか申し訳なくなった。

その後、初めに案内してくれた日本人の方が一緒にお茶でも行きませんか、と誘ってくださって、フィレンツェでおすすめのカフェや革屋さんとかを教えてもらいながらカフェで雑談した。。その方はアッカデミアのToriennio(3年間コース日本の大学でいう学部)をこないだ卒業して、来週にはBiennio(2年間コース日本でいう修士課程)を受験するそう。

彫刻を専攻されていて、院では新しく新設されたコースを受験しようと思ってずっと準備してきたそうなのだが、今日卒業発表に来ていた院で担当になるであろう先生に質問すると、人数が集まらなかったらコースは開催されないよ~と言われてしまって愕然とした様子だった。

アッカデミアはとてもいい加減で情報が前日になっても掲示されない、とかがよくあるらしい。

アッカデミアの彫刻はアカデミックな古典コースとコンテンポラリーコースか選べるようで、基本的な塑像などからインスタレーションまで幅広く勉強することが出来るということだった。

専攻によっても全く教育方針は違って、彫刻の話を聞くととてもよい学びの環境だな、と感じることが多かった。

具体的な留学に関するHowtoについても聞いた。私は入学する前に一年間イタリアで語学学校に通ったけれど、それでも面接試験などはきつい、とか、フィレンツェのアッカデミアだけ留学生は奨学金が降りるから1年の学費は500€(6万ほど)で済む、ペルメッソ(滞在許可書)やその他受験手続は5年こちらに住んでても一人で厳しいから、語学学校に手伝ってもらった方が絶対良いとか、いろいろなことを親切に教えてくださった。

そんなこんなでお別れし、その日は宿へ。

この日はいろいろと衝撃を受けた。アッカデミア自体学費が安く入学もしやすいために、絵画を学ぶというよりこれがイタリア滞在のビザ発行するための場所として重点を置かれて使われている側面があること。(それは大学という環境としてとってもよくない。)

特に絵画に関しては風潮が思っていたこととは大きく違う、すべては振り出しにもどる、ということなのか…

とりあえずとても大きな収穫だった。イタリアに来たかいがある。でも…うーん、みたいなことを繰り返し考えていた。

おじさんや爺さんを相手する気持ちにならなかったので、とにかく人目を避けて共有部分のソファや椅子を転々とし、こそこそとしていた。

そして、部屋に帰ったら幸運なことに誰もいなかったので即寝た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十五日目 フィレンツェ③

十五日目 この日はサンタマリアデルフィオーレのクーポラ見学予約をしていたので、まとめて周辺を見学。(クーポラの予約は月曜行ったのだが、水曜の昼まで予約がすべてうまっているといわれ愕然とした。)

・サンジョバンニ洗礼堂

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この洗礼堂は八角形で、中にはびっしりと聖書に関する場面がモザイクで描かれている。ダンテもこの洗礼堂で洗礼を受けたそうな。

・ジョットの鐘楼

ひたすら階段を上る。登ってる時のデジャブ感がすごくて景色も正直新鮮な感想はなかった。息切れが激しくて写真を撮るのを忘れていた。

この時点で一日の3分の2程の体力を消耗してしまった。

 

クーポラの予約は16時30分、それまで時間があったのでウッフィツィ美術館にでも行こうかと、チケットを買いに行った。

すると、とんでもない人混み。入り口の列も3つほどあって、下調べを全くしてなった私はなんじゃこれ!と驚いた。

とりあえず当日券の列っぽいものを発見したので近寄ると、列の最後尾にシャツとネクタイを装備し、顔写真入りの証明書をぶら下げている人がたくさんいて、にこやかに話しかけられた。今日のチケットを購入されますか?予約はされていますか?と。

今日のチケットはもうやばそうなので明日のを予約したいんですが。と答えた。

それなら今すぐ15.5€で手配できますよ。付いてきてください。と言われ一緒に歩き始めた。

私はこのとき、このお兄さんのオフィシャルな服装から、ウッフィツィのスタッフだと完全に思っていたのだが、ついていくとむしろウッフィツィから遠ざかっていく…

おかしくない?と思い始めたころ、お兄さんはオーダー表みたいなのを私に渡してきた。金額は55€と書かれている…

高くない!?さっきお兄さんがいったフィフティーンファイブ€は恐らく私の聞き間違いで、正しくはフィフティファイブ€だったようだ。

しまった!と思ったとき、その支払い所みたいな場所に着いたがオフィシャルではなく、いわゆるツアー会社の割高切符の勧誘だったのだ。

その場で、すみませんが高すぎるのでキャンセルします…というとお兄さんは安さを力説してくれたが、とにかくキャンセルで、というとあっさり解放してくれた。

すぐにネットで調べると予約代を込みにしても24€で公式チケットは販売されていた。

正直公式でも高いな…と思ったけど、ちゃんと下調べをしてから来ればよかったと反省したので、ウッフィツィは後日に。

精神的にも体力的にも疲れたので、お父さんや姉がおすすめだというケバブ屋さんへ。

正直、父や姉が行っていた店ではないかもしれないが、地元の若者にとても人気ででかいサイズを注文するととてもボリュームのあるケバブが出てきた

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とってもおいしかった…ケバブっていいものだ…

ゆっくり食べて疲れを癒しているうちに、クーポラの予約をしたひとが並んでいる列もえげつない込み具合だったのを思い出して、早めに向かうと案の定だいぶ列ができていた、

ずっと並んで気が付くと16時30を過ぎていて、これ入れんのか?と思っていたがなんとか入場

またひたすら登る。

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二段階に分けて天井の最後の審判のフレスコを近くで見ることができる。作者はジョルジョヴァザーリと制作を引き継いだズッカーリ。

正直全く好みではないフレスコ…いかに大仕事で、迫力があるか、ということはすごいと思うけど絵画的に私にはあまり魅力は感じられない。

ミケランジェロの弟子なのはとてもよくわかる。いわゆるミケランジェロの彫刻をそのまま絵にしたような写実性と規模の大きさで絵を持たせている

そういった部分に魅力を見いだせない感性になってきているので、あまり感動しなかった。

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ドゥオーモのてっぺんからの眺め。フィレンツェの町の全体図は14世紀ごろのものが残っているが全く変わっていないのがむしろ怖い

シニョリーア広場もまったく昔と同じままで、広場の真ん中が火あぶりの処刑場になっている昔の図とかみると、今は観光客であふれていて、同じ場所に立っているというのが不思議な感覚になる。

地震もなく石造りだから、侵略も戦争もあまりなかったからそのままなのか。

ここに登り切るまでにジョットの鐘楼以上に体力を消費し、下るころには体力は底をついていた

足がプルプルしながら下り切り、この日はもう疲れたので宿へ帰宅。

ケバブのボリュームがすごくて、夜になってもおなかが減っていなかったのでポテチとヨーグルトを食べてソファがある場所でくつろいでいたら、相部屋のタトゥーおじさんこと十絶平がピザと生ハムとサラダとワイン三本と二人分の食器類をもってきて横に座った。

昨日のお礼なのか…?と思いながら食べて!と言われたのでありがとうといいながら頂くことにした。

十絶平はグーグル翻訳を使いながら、私がなぜフィレンツェに来たとか将来どうするつもりなのかを問いかけてきたので、いきさつを話した。

アッカデミアベッレアルティの名前をだしていないのに、十絶平はフィレンツェのベッレアルティに留学したらどうだ?と言ってきた。

もちろん考えてるし、明日ベッレアルティの卒業発表に参加するよ!でも、私立のアートスクールに行くかも迷ってる。と返すと

グッチの財布を買おうとするときに、俺なら偽物のグッチは買わない。

という粋な返事が返ってきた。要するに私立なんぞやめとけ、国立にしとけ!ということだと私は理解した。

イタリア人からしてもベッレアルティへの信頼度は高いんだな…とそのとき思った。

その後もフィレンツェが気に入ってるか?などの質問が続く、フィレンツェは古いものを大事に残しながら現代の生活とマッチさせてるところがとても素晴らしいと思う、などの返事をした。

後は私の性格や、日本との文化の違いなどの話を経て、すっかり十絶平は酔っぱらっていた。

私と十絶平は同じペースで飲んでいたのだが、ふとワイン瓶をみるとすでに2本空で3本目もほぼ無い況になっていた

いつの間にこんな飲んだっけ!?と思っていたが、私は他人とお酒を飲んだりすると酔いにくい性質を持っていて、さらには異国の地だからかめちゃくちゃシラフだった。

(ブレーシャの宿で一人で100ミリの小さなパックワインを飲んだときはそれでぐでんぐでんだった)

十絶平は酔いながらこれからポーカーしようよ~とか言ってくるし、夜遊び後の口説き魔の爺さんが通りがかってしまって私の頭を撫で始めたところで、爺さんに即時にムカつき、もう今日はお開き!と強制的に片付けをして部屋に帰って眠った。

めちゃくちゃ疲れた一日だった。


※ちなみに、十絶平はジェイソン・ステイサムに似ているシュッとした40代

爺さんはセサミストリートカーミットというカエルによく似ている70代半ぐらい、そんな感じで想像してもらったらいいと思う

十四日目 フィレンツェ②

十六日目(20日)にはもう一人アッカデミアを卒業される方と約束をしていた。

それまでこの二日間は何の約束もないので、ゆっくりめなペースで観光

 

十四日目 まずはサンマルコ修道院へ。

ここにはフラアンジェリコの受胎告知があることで有名である。

昔、上村先生が原本の前で模写をした絵でもある。

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フラアンジェリコの絵はとても上品で優しい。特にこの受胎告知は色合いがなんとも言えずとても軽やかな印象があって、すっと入ってくるけど出汁が利いてるみたいな。

全然イタリアンじゃない。むしろ高級和食のような印象を受ける。

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ガブリエルの羽の部分だけ、大粒の顔料が使われていた。写真でも少しキラキラが見えるだろうか。岩絵の具の10番ぐらいはある

フラアンジェリコは本当にやさしい。ピエロデラフランチェスカものちにウッフィツィ美術館で見たのだが、このお二方はほかのルネサンス絵画にはない絶妙な品と静寂がある。

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修道院だからか、小さな個室がたくさんあり、それぞれの部屋にフラアンジェリコの絵が描かれている。

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途中には顔料や画材について説明する展示が。こうやって写真だけみると日本画にだいぶ近い

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なんて穏やかで美しい顔付きなのだろう。こういう宗教画はかならず人物を描くので顔の造形が特に十人十色なのだが、作者の性格が出るところだと個人的に思っている。

フラアンジェリコはきっと優しい人だったのだろう。

・サンタクローチェ教会

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ここもとてもボリュームがあった。

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絵画の前に足場を組んで、そのまま修復作業が行われていた。たしかに移動しなくてよいのでその手間は省かれるかもしれないが、普通に観光客に見られたり、こうやって写真を撮られるので(こっそり撮ったが)修復する側は集中しにくいのではないかと思った。

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この後、ミケランジェロ広場へ、というか広場のさらに上に教会があって、そこを目指していた。

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汗を流しながら登って、小高い丘からみるフィレンツェの町並みはきれいだった。

さらに頑張って登ってサン ミニアート アルモンテ教会へ

f:id:pniharu:20180922052113j:plainなんだか色遣いが独特。

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その後スーパーで買い物して宿へ。

その夜部屋に帰るとおじさんとお爺さんが雑談していた。

二人とも英語が喋れなくてイタリア語オンリーなので自己紹介はともかく、込み入った話はグーグル翻訳を使いながら私も混じって雑談した。

話の流れ的にポートフォリオを見せたら、おじさんの顔が真剣になり、今度背中から尻にかけてタトゥーを入れようと思っているのだがそのデザイン画を描いてくれないか、と頼まれ、おじさんから内容を具体的に聞いた。

おじさんの頭の中に具体的に彫りたい絵のイメージがあるのだけれど、それを自分ではうまく絵に表現できない、ということで、一つ一つ聞きながらさらっと鉛筆で描いた

その絵をおじさんはとても気に入ってくれ、色を君の好きなようにつけてほしいと言われたので色鉛筆でさらっと色を付けた。

さらっと描いたものなので、まあ参考程度に…という気持ちだったのだが採用されてしまって、日本語でサインを描いてくれ!と言われたので名前を漢字で描いた。

そしたら、このさいんはここに入れる!と左しりを指さしてて、まじかよ…ってなった

ついでに俺の名前を漢字で教えてくれ!と言われた。おじさんの名前はジュゼッペ。

これを漢字でかよ…と疲れていた私は、「十絶平」と書いてしまった。

今から考えるとだいぶ適当に当て字をしてしまった気がする

めちゃくちゃ喜んでいて、とても感謝された。

それを期におじさんとお爺さんの私に対する態度はとてもウェルカムな感じになった。

爺さんは二か月このドミトリーにいる自称ピザ職人歴20年

息を吐くように口説いてくる元気すぎる爺さん。断るとしょんぼりするが隙を見て間合いを詰めてくる爺さんで、こっちは疲れてんのによお…という感じだった

とにかく疲れていたので、私はもう寝ますわ、といって寝た。

十二日目 十三日目 フィレンツェ①

十二日目 ラヴェンナからフィレンツェまでは三時間半ほどかかる

そのため、午前中にはラヴェンナを出発。ラヴェンナの市バスカードが計算より一枚多く購入してしまっていて、このままではもったいなので駅でバスに乗ろうとしている観光客にあげようと思ってた。

ラヴェンナの市バスのチケットを買おうとすると、駅のBarかEdicolaでしかほぼ買えない。最終手段はバスの中で運転手に直接チケットを買い求める、というのがあるが、地域によって差が激しく、ラヴェンナでは運転手が買おうとする客を無視する、という案件を目撃していた

この日は日曜日。Edicolaは休み。しかもBarのチケットは昨日から売り切れ。

個人でうろうろしている人が少なく、たまたま駅のBarでバスチケットを買おうとするも売り切れで彷徨うアジア人親子(大学生くらいの息子とその母)を見つけたので英語で、私は今からフィレンツェに向かうけど、多く買いすぎてしまった。まだ使ってないし一枚しかないけどあげるよ、と話しかけた。

息子さんは微妙に英語ができるかんじ。でもいきなり、あげるよ、と言われてもそういう商法が多いのでそりゃ警戒するよね。

しかも、バスの切符のシステムも知らない様子で、これはもう使用済みでしょ、と疑ってくる。いやいや、バスの中で日付を刻印してから75分間有効で…と身振り手振りとつたない英語で伝えたが、疑念は晴れず、受け取ってもらえなかった…

なんか、もっとスマートな方法はなかったのだろうか…と反省しながら電車へ。

フィレンツェまでは乗り換えが三回。途中乗り換え6分の駅もあったがなんとか宿の最寄り駅へ到着。この日はもう夕方だったので、近くの広い公園に行き、スーパーを開拓して終わった。

ちなみに宿はドゥオーモまで徒歩30分ほどかかる郊外。外は落ち着いていて治安はいいのだが、ドミトリーの年齢層はカオス。私は男女混合の部屋を予約してしまったため、相部屋はおじさんとお爺ちゃん…

同じフロアは多国籍な高校生ほどの若い女の子の集団旅行者でわいわい。この女の子たちがまた元気すぎる。風呂場と洗面を占拠し、部屋のドアを開けてでかい声でしゃべる。中庭で深夜まできゃっきゃと叫ぶ゙から寝れねえ。

今までで2番目にハズレのドミトリー(1番はキャンピングビレッジジョリー)を引いてしまったぞ…8泊もするのに…

という感じだった

 

十三日目 

この日はフィレンツェのアッカデミアでスクオーラリベラヌードという単科コースに通っていた女性と会う約束をしていた。

約束の時間は18時だったので、それまで観光。

まずは、とりあえず散策しよう、ということでドゥオーモを目指して歩いて行った。

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なんだか景色がちらほら記憶にある感じがする!

ドゥオーモに着くと、ありえねえ列、ありえねえ人混み。ヴェネツィア以上の混雑ぶりに、めちゃくちゃやる気を無くしてしまった。

観光名所がどこでも行ける72時間有効のフィレンツェカードは81€…ほかの都市の値段とレベルが違う

とりあえず、周りからせめて行こう…と思い、まずは

サンタマリアノヴェッラ教会へ

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この教会は中庭や美術品展示が広く、ボリュームがあった。

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美しい色がたくさんあった。

その後、市内散策。ポンテヴェッキオ

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ミケランジェロ広場やなども歩いたりし、この日の観光はいったん引き揚げて、カフェで休憩してからアポイント場所へ

18時に無事合流し、近くのお店にアペリティーボしにいった。

とても穏やかで優しい女性で、テンペラをやっている方だった。この方も古典技法を学ぶためイタリアに来たそう。しかし、来てみたらイタリアの実情は違ったという。

古典技法を学びたい、といって来る留学生ほかにもいたらしい。けど、皆結局来てみたらアッカデミアには古典技法を教えれる先生はいなくて、私立の学費の高いカルチャースクールに行かないと習えない状況だ、と。

ただ、イタリアでも絵は描けるし、多くのフレスコがすぐ見れる環境は大きいということだった。

ブレラのアッカデミアには、古典技法に詳しい日本人の先生がいて、イタリア人がその先生に古典技法を習いに来るという謎の状態になっているらしい。

そんな状態だけど、こっちに来て自分でなんとかやりたいことに捻じ曲げるということも可能だし、根性があればやりたいことはできると思う。場所は考えた方がよいが留学することはおすすめしたい。

ただ、語学ができるかできないかはとても大きな壁です。私は語学ができないままだったので何度も心が折れました。

ということだった。だいぶリアルに話してくださったおかげで、大変参考になった。

しかもフィレンツェには貴重な画材や顔料を取り扱っている画材屋があるそうで、めちゃくちゃおすすめですよ!と教えてもらった。

いろんなことを考えた。この話を聞けたのはとても大きかった。本当にありがとうございました…

 

またお会いしましょう、と和やかにお別れし、その日は終了した。

十日目 十一日目 ラヴェンナ

十日目、午前にもう一度画材屋に行き、お使いを達成。

その後、早めにボローニャを出て、ラヴェンナへ。

ラヴェンナは、鈍行列車で1時間45分ほど、2時ごろに着いた。

さて、今まで主要都市は駅に荷物預かりがあったのだが、ラヴェンナにはない。

民間でやっている荷物預かりは発見したが、セキュリティがあやしそうだったのでやめた

しかも、宿が遠いため、正直まとまった観光ができるわけではない…でもこのでかい荷物では教会に入れない…ということで近くの公園にいった

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要塞の中に公園があって、要塞自体もなんだかおもしろいつくりをしていた。

ここをしばし散策した後、スーパーに行って少し買い物。

宿に行くか、と思ってバスを探すも、路線図と停留所の時刻表が一致せず…

どうやら、2番と90番がそっちの方面にいくみたいだぞ!と思い90番に乗車。

 

ここから、ここから悪夢が始まったのだ…

90番は宿の方向に行きながらも、途中で90度方向転換し、でかい幹線道路を猛スピードで走行し、工業地帯を走り抜けていく

ん?

さっき駅で写真を撮った時刻表を見てみると終点は45分後に着く遠い港町。

ん?????

やばいと思って途中の、違う港町で下車。

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バリバリの港(↑の写真は携帯で撮ったからか色が違う)

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せまる夕暮れ

グーグル先生たすけて!と頼ると、20分後くらいに駅に向かう90番のバスが来るよ、ということで、そのバスに乗車。

グーグル先生は、宿の最寄りのバス停でおりようね!と指示してくる。

よっしゃあ!降りたぞ!と周りを見渡すと、歩道がない…

そういえばバスの運転手も、お前まじでここにおりんの?みたいな顔をしていた

いわゆるここは自動車専用道路。信号も歩道もなく、車の方向転換はロータリーのみ

白線の内側は草が茂っていて木がわさわさ。とても歩ける状態ではなかった

しかし私は宿に行かなければならなかった。

私が降り立った側は、宿の方向へ歩くと対向車が来てしまうので、反対側に渡りたかったが道幅が広すぎて横断できる状態じゃなかったので、車が来ないタイミングを見ながらちょこちょこと端を歩いて行った。

しかもボローニャパドヴァで8冊本を買い、重くなったキャリーを転がしている…強行突破でぼこぼこ地面の草むらを引きずった。

途中のロータリーは地獄だった。車側も私をガン見してきて、危ないぞ!とクラクションを鳴らしてくる。もっともである。

心が折れそうになりながら横の細めの道へ。そこも歩道はなかったが、車通りはだいぶ少なかったためマシになった。

途中、横に見える林にいっぱい鹿がいて、車ならず鹿にまでもなんでこんなところに人間が?みたいな反応された。

ひいひい言いながらやっと宿が!!!!

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駐車場がとても広く、モーテルのようなピッコロホテル。ここだけ個室で、2泊予約していた。

その日は疲れ果てて寝た。十日目終了

十一日目

朝から猛烈にレセプションでバスについて質問した。すると、行きも帰りも、8番と90番に乗ればホテル前のバス停に着くよ!と言われ、90番て、あのトラウマの…?

と思っていたが、バス停の時刻表を見ると8番は確実に留まるようだった。

8番のバスを待っていると、ピッコロホテルからアジア人のおじさんがバス停へ。

日本人ですか?と声をかけられ、そうです。と返事。

この最果てのモーテルに泊っていてまさかこんなところに日本人!?みたいな反応をされた。

久しぶりの日本人との対面に嬉しくなりながら、雑談をしながらバスで駅へ。おじさんとは駅で良い旅を!とお別れをした。

ここからやっとラヴェンナ観光が始まる。

ラヴェンナはモザイクの町。とても小さな町でひっそりとしている。

すこしでも市街を出ると昨日のような工業地帯しかない。

モザイクでおらが村の復興!観光資源!というような一点突出だった。

中心街でも、徒歩で出歩いているのは観光客で、地元民は皆自転車。おばちゃんたちの井戸端会議も、自転車で集合して行われていた。

しかもラヴェンナは個人の観光客より、パックツアーだらけ。ここで初めて団体の日本人観光客を目撃した。

・サンタポリナーレヌオヴォ教会

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圧巻のモザイク

・サン フランチェスコ聖堂

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教会の地下の水の底に沈むモザイク。おさかなも泳いでいる

・ネオノアーニ洗礼堂

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・Domus dei Tappeti di Pietra

ここは、教会が地下に駐車場を作ろうと思ったらローマ時代のモザイクが出てきて、びっくり!みたいだったらしい。

発掘の様子の写真を見ていると人骨も大量に出てきていて、モザイクの上に遺骸がいっぱい乗っていた…

すごい広い面積にわたってモザイクの絨毯が。

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・サンヴィターレ聖堂

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ここは装飾の密度が一番高かった。モザイクは、フレスコやテンペラと違って物体の色そのものが張り付けられているので強いし、存在感がある

・ガッラ プラキディア廟堂

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ここは小さなお堂なんだが、窓が大理石になっていて、そこから柔らかに入る日の光が美しかった。

モザイクも紺色を主体に薄暗くて、そこに星空のように金色のモザイクが輝いていた。

上にあげた主要な施設は、町中に固まっていてスムーズに見ることができた。

その後恐る恐る8番のバスに乗ると無事ホテル前に到着。(8番でも駅から出るのに2種類あるけど、方向によって乗り場が違うということを理解した)

その日は個室でまったりして就寝

九日目 ボローニャ②

ボローニャ二日目は、まず画材屋さんへ

二件みかけたので、まずボローニャのアッカデミアのすぐ近くにある画材屋さんへ。

向こうはイタリア語しか理解不能だったので結構苦労した。事前に画材用語をもっと調べておけばよかったと後悔した

なんとか、Naturale.Pigment.Terra、などの単語を使い顔料を出してもらったが、めちゃくちゃ製品化されてて、そのうえ瓶が小さい、あまり種類もない

緑の天然顔料がほしかったので、一つサンプルもかねて3.9€で購入

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どうやら顔料自体がポピュラーじゃないみたいで、購入するときも、このままじゃ使えないよ!それでもいいのかい?みたいな感じで念押しされた。

Pittura Japonese(Japanese Paintingと同じ意味)と伝えても、使うのは染料かい?と言ってこれはないやろみたいな墨と硯を差される。Colori Pigment…と伝えるとこれまたこれか?と色付き墨を出されて、日本のイメージどうなっとるんや!て感じだった。

このとき、ポートフォリオを持っていれば、膠の説明や、日本画の顔料について説明しやすかったのだが、持っていなかったので、持ってもう一度来ようととりあえず退店。

もう一つの店に行くのはポートフォリオを宿に取りに帰ってからにしようと思って、

先に国立美術館に行った。

ボローニャのアッカデミアは美術館の入り口の5メートルほど横にひっそりとあって、しっかりと受付があったので外から覗くだけだった。

その横に、ボローニャ大学があるため、学生は外にいっぱいいるが、どっちの学生かはわからない状態だった。

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ここには、中世から近代まで幅広く絵画が展示されている。なかには教会の壁からはがして展示されているものも。

展示量は多くないけど、貴重なものが見ることができた

その後宿に帰り、シムが通じないことを協力を得ながら何とか解決し、ポートフォリオをもって出かけた。

一件目の画材屋に行くも、なんと木曜日の午後は閉店してます、と小さく書かれていて、しまっていた…次の日に回した。

二件目の画材屋も15時30分まで昼休み。

微妙な時間ができたので、昨日行ったPiadinaのお店に行った

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今回は肉とチーズと野菜がそろったPiadina(5€)を注文できて、しかも二回目に来店したらなんだか店員さんの愛想がめちゃくちゃいい

出るときに、Era molt Buono!(あってるのかわからんが)というとさらに笑顔で手を振ってくれたのでうれしかった。

それでも時間が余っていたので、楽器博物館に行って珍しいピアノを見て喜んだりした

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その後、2件目の画材屋に行った。しかし、説明してもさらに明らかにバチバチに合成顔料ですよね…みたいな色の絵具しか出てこず、非常に困った。

まじで顔料についてスルーだったので、ポートフォリオを出すタイミングもつかめず店を出てしまった…

そんな感じで二日目は終了

八日目 ボローニャ①

八日目はボローニャ散策一日目

ここまでドミトリーをはしごしてきたが、やっぱり全体的に相部屋になる人はイタリア人でバカンスということで国内を旅行しているようだ。

相部屋になったおばさんは、ボローニャのあと、日本に行くという。しかも大阪の空港と言っていた。私が出発するときはでかい台風で大変な状況だった、と伝えたかったがいまいちうまく伝わらなかったようだ…

ボローニャはとても都会でにぎわっている印象。イケイケな若者も多く、とにかく旧市街だろうがなんだろうがスプレーの落書きだらけ。

基本的に閑散としててのんびりしている町が好きなので、こういう町は緊張してしまう。

とりあえず、一番にぎわっているマッジョーレ広場に面する教会へ

・サン・ペトローニオ聖堂

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一番左のドアからしか入れないのだが、入り口には軍隊の人と警察が。

なぜここだけこんなに物々しいのかというのは、後から調べて分かった

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ここは撮影するのに2€払って写真許可えてますよ、というリストバンドをつけなければいけない。私は払って許可をもらった。

基本的に武骨な感じで装飾は少ないんだけど、一部の礼拝堂だけ全面にフレスコが書いてあり、しかもその周辺に行くにはさらに5€払わねばならんという課金制度。

この5€は払わず、遠くから撮影し、アップで気になる部分は一枚0.25€絵葉書を買った

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これがその礼拝堂。

全体にキリストの生涯が書かれているんだけど、この地獄の部分がさっきの軍が出動する原因になってしまっているそうな。

ルシファーの上あたりにターバンを巻いた男性が倒れているのだが、イスラム創始者らしく、要するに異教徒からは怒りを買ってしまうように描かれていて、何年か前に爆破予告がされたらしい。

ボローニャは1980年代に大規模な駅爆破テロが起こっており、テロに警戒しているようだ。そりゃあ、警戒するよね。

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ちらほらフレスコや古い板絵なんかがある

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柱や天井をみると、きっとむかしは天井いっぱいに装飾が施されていたんだろうなあ、という面影が残っている

日本はそういった古いものを意図的に塗りつぶしたり、捨てる、ということはほぼなかったと思うけど、現在に残ってない理由としては焼失が多い気がする。

 

・聖ステファノ教会

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ここは、制作年の違う七つの教会が繋がっているという不思議な場所

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中に入ると遺跡にきたかのような空気

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展示されていた板絵のフォルムいいな

その後何個か教会を回ったが写真はあまりとっていない。撮っていたのは印象に残った繊細なステンドグラスぐらい…

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ボローニャ教の会編はこの日で終わり。

明日は国立美術館(アッカデミアが付属しているところ)と画材屋編

古本屋さんで三冊ほど古い絵の薄い画集を買って、早めの晩御飯でPiadinaというラップサンドのプロシュートしか入ってないのを買って食べた(違う具がもっと入ってるかと思っていたら注文をミスっていた)

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現代の壁画と化すグラフィティ